Safia's interview
キャンドル作りで障害者雇用を生むインドの生産者団体「サイレンス」のチャンチャル・セングプタさんと、
被災地支援に尽力するキャンドルアーティスト、キャンドル・ジュンさんが出会いました。
サフィア(以下S) : ジュンさん、はじめまして。こちらは、チャンチャル・セングプタさん、インド・コルカタにある障害者支援組織「サイレンス」でマーケティングや生産管理の責任者を務めています。ピープル・ツリーではサイレンスのキャンドルをもう18年販売しているんです。ジュンさんは、キャンドルアーティストとして、ショーやイベントの空間演出のほか、世界の紛争地やテロの現場でキャンドルを灯し、現地の人びととの交流を通して世界平和を実現するための旅を続けていらっしゃいます。今日は、お二人の共通点である、キャンドル作りと社会的な支援活動について、幅広くお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします!
先ほど、ジュンさんのショップ「ELDNACS」を見学させていただいたのですが、ジュンさんのキャンドルは、その手作りのぬくもりあるラフな感じがとても素敵でした。
チャンチャル(以下C) : 本当に素敵でした。それにジュンさんのキャンドルは全て異なる仕上りですよね。私たちがつくるキャンドル※1は、表面を何度も磨いて、手作りしながらも機械でつくったようななめらかさを生む努力をしてきたのですが…(笑)。サイレンスでは幾万ものキャンドルがつくられていますが、すべてのつくり手が体のどこかに障害を持っています。キャンドルをつくっているのは耳の不自由な人たち。ラッピングは目の見えない人が作業しているんですよ。
キャンドル・ジュン(以下J ) : 目が不自由な方がどうやってこんなにぴったりとした包装ができるのですか?
C :目が見えない代わりに指先がとても敏感なのです。彼らはインセンスの品質チェックなどもしているんですよ。製品のゆがみもすぐに分かります。すばらしい能力です。
S :ところでジュンさんが、キャンドルをつくるようになったきっかけは?
J :はじめは自分のためにつくっていたんです。物心ついたころから、自分が何のために生きているのかという疑問がありました。先進国の若者にはよくある問題ですね。日本では生きる意志がなくても生かされてしまう。ただ何となく選んで、なんとなく生きている、そんな生き方に疑問を感じていたものの、親元にいる間はその問題と向き合わなかったのですが、一人暮らしを始めてからは向き合わなければいけなくなってしまった。そこで試したのが、眠る、食べる、飲むといった「生」につながるすべての選択を止めてみることでした。なんとなく生きるのでなく、ひとつひとつ向き合う。“死”とすらも向き合う。そんな時、自分と対話をするためのパートナーがキャンドルだったんです。自分はクリスチャンの家庭に育ったのでキャンドルは比較的身近な存在でした。それほどお金もなかったので、キャンドルを灯して自分との対話を繰り返しているうちに、残ったロウを集めて、溶かして、新しいキャンドルをつくるということを始めたんです。
S : なんにも食べない飲まない、そんな生活では、体がもたなかったでしょう?
J : 何度か繰り返して、その時々においては何となく答えを得たような気になっていました。でもその最後に試したとき、3日目にお腹が空いて無意識にご飯を買いに行っちゃったんですよ。それはすごく恥ずかしくて。
S :なぜ?
J :自分としてはどうやって“自殺”とは異なる“自ら選ぶ死”の方法を真剣に探し、考えていたのですが、お弁当を買ったスーパーでパートのおばさんが「ありがとう」って言うんです。おばさんはマニュアル通りに挨拶しただけなんだけれど、自分には「生きることを選んでくれてありがとう」って聞こえて。そのとき本当に敗北感を感じましたし、恥ずかしくなって。それから生きることに積極的になろう、意識して生きていこうと決めたんです。
S :ティーンエイジャーには、そんな繊細なところがありますよね。私は病気のときなどにキャンドルを見ていると、ああ、私の精神はこんなに弱いんだと思うことがあります。ふっと吹けば消えてしまうような。健康がどんなに大事なのか考えるきっかけになります。
J :昔話や落語でもキャンドルが命の長さに例えられていますよ。自分も「生きる」と決めてからは、キャンドルを見て自分の寿命はあとどのくらい?ではなく、自分の命を自らつくっているという意識です。やれることはどんどんやろうと。今日や
れることをやらずには眠れません。あの頃考えた「早く死ぬ」と言うのは、積極的に生きていくということなんです。今生のやるべきことをやり終えれば正しい自分の死がやってくると。
C :ジュンさんと私の人生は正反対であることがとても印象的です。私は生まれたときから心臓が悪く、医師から生きていることが奇跡だ、長くは生きられないと言われたんです。動くことも勉強することもできないだろうと。そう言われて、失うものは何もないから存分に生きよう、せめて社会のために何かしようと思いました。双子の兄が勉強しているのを横で聞きながら勉強して、大学を卒業後にサイレンスに入り、最近では世界中に出張にも出ています。日本にも来ることができた。それでも私は生きています。
S :二人とも立場や状況は違っていても、「死」を感じたときに生きる力が生まれ、それが今のすばらしい活躍の原動力になっているんですね。素敵な生き方です。ところで、ジュンさんは自分でキャンドルを使うことはありますか?
J : 最近はまったく使っていません。震災以降は、ほとんどゆっくりしていなくて。毎週被災地と東京を行ったり来たりしています。
S :被災地では具体的にどのような活動をしているのですか?
J :震災直後は食糧をひたすら運んでいましたが、最近はようやくキャンドルを灯したり、エンターテインメントを提供できるようになりました。
S :はじめて被災地に行った時に一番印象的だったことは?
J :福島には自衛隊も入っていない時で、食料を待つ人が長い列をつくっていました。自分は原発反対運動に関わってきたので放射線の怖さを知っていましたが、あの時はみんなに放射線から身を守ってくれ、マスクをしてくれと言えなかった。「放射線の影響は何年か先。今食べるものも飲むものもないんだぞ」と言われました。みんな「今」生きるか死ぬかの状態で食べるものに困っているんです。マスクより食べ物が必要だったんです。
C :原発の問題は私も心が痛いです。サイレンスでは、震災の1ケ月後、「Say 'No' to NUKES(原子力にNoと言おう!)」と書いたキャンドル※2をつくり、500人の人たちと行進しました。すばらしいイベントになりました。
J :インドでも関心が高いのですね。キャンドルということでは、震災直後に犠牲者の方が運ばれてくる体育館で灯してくれないかという相談を断ったこともありました。亡くなった方たちは、残した家族の食べ物や住む場所を心配しているはず。どんなお経をあげてもキャンドルを灯してもその助けにならないと思い物資を運び続けました。最近ようやく被災したファミリーといっしょにキャンドルを灯せるようになったところです。津波の前、町には夜の闇にも明かりがあった。今そこへ行くと、家も電気もないので真っ暗なんです。最近ようやく家族を亡くした方たちも、その現場まで行けるようになってきたんですが、夜は本当に怖い。だから、自分や、他のサポートしてくれている人たちみんなで一緒に行って、昔以上の明かりを灯そうというアクションをしたいと思っています。残った家族が新しい仲間とたくさんの光を灯しているのを見せて、亡くなった人たちに心配しなくていいことを伝えたい。震災直後から一緒に祈り、行動しているので、行くたびにうれしいことが増えていると感じます。
S :震災後の日本では環境や社会問題に関しての意識が高まっていると思いますが、どうすれば、この意識や価値観をキープできると思いますか?
J :地震は大地からのメッセージだと思っています。人間だけのシステムではなくて、地球といっしょに生活していくんだという意識を取り戻すチャンスだったということです。ここから日本が変わっていくんだと。悲しみを悲しみのまま伝えていくのではなく、悲しみから喜びにかえ、多くの人と分かち合える日を創造したいです。中越地震の被災地では、形式的な追悼式ではなく物産展や音楽イベントがひとつになったお祭りが始まっています。今回の震災でも、被災地の人たちと最終的にはお祭りとして後世に残せるようになることをビジョンに活動を続けていきたいと思っています。お祭りとして残せれば震災も人の意識も風化しない。
C :インド人も、「自然に対峙するなら自然は私たちになにも与えてくれない、許してくれない」という考えを持っています。これはジュンさんの考えと通じるものです。中東で起こったことを思い出してください。たくさんの人が死にましたが、傷つき生き残った人もたくさんいます。その生きている人たちのためにキャンドルを灯すことがとても大切です。サイレンスの活動とも通じます。私たちは障害をもつ人びとに光を灯しているのです。
S :キャンドルは命そのものですね。
J :本当に。出会いの数だけ灯すキャンドルの数が増えています。被災地はもちろん、これまで広島や長崎、NYのテロの場所、アフガニスタン、中国…灯すたびに約束をしている感じがして。戦争やテロがない世界という自分が目指したゴールを実現しないと、約束した人たちに顔向けができない。悲しみをつなぐためにキャンドルを灯すのではなく、いつか必ず「あなたたちのお陰でこんなに世界が変わった。ありがとう」という、感謝の表現になるように。
C :あなたのキャンドルを灯す旅は、自分のためではなく、他の全ての人のための旅なのですね。サイレンスの入口には小さな祭壇があり、そこにはヒンズー教、イスラム教、キリスト教、仏教など、働く人びとの信じる全ての宗教の聖典を置いて、誰もを尊重するという気持ちを表しています。あなたにもぜひ、そんな場所を見に来てほしいです。私もコルカタであなたを待っています。
Candle JUNE(キャンドル・ジュン)
キャンドルアーティスト。1994年にキャンドルの制作を始める。ギャラリーやサロンなどでエキシビションを開催。ルイ・ヴィトンやプラダなどのレセプションパーティのデコレーションをはじめ、さまざまなブランドのファッションショー、野外フェス、ライブステージなどの空間演出を手がける。2001年に広島で「平和の火」を灯してから、争いやテロのあった地でキャンドルを灯す旅「Candle Odyssey」を開始。東日本大震災では支援プロジェクト「LoveFor NIPPON」を立ち上げ、アーティストやミュージシャンとのネットワークを駆使して精力的に活動を続けている。
<キャンドル・ジュンさんのショップ>
ELDNACS 東京
N°ELDNACS 新潟
並んでいるキャンドルは、全てキャンドル・ジュンさんが手作りしたもの。シンプルな形なのは、「灯すためのキャンドル」として使ってもらうため。ひとつひとつ表情が異なる、世界にひとつだけのキャンドルです。(写真は東京のELDNACS)
http://www.candlejune.jp
ELDNACS:東京都渋谷区西原3-22-10 SGビル102
N°ELDNACS:新潟県小千谷市上片貝1985-6
Chanchal Sengupta(チャンチャル・セングプタ)
インド・コルカタにある聴覚障害者支援組織「サイレンス」で生産・マーケティングの
責任者を務める。生まれつき心室中隔欠損(VSD)という心疾患をもつ。幼少時より、絶対安静と進学の困難を医師より伝えられたにも関わらず、勉強を続け大学医学部に合格。健康問題を理由に入学が許可されなかったため、商学部を卒業し、サイレンスのコンピュータ部門に就職。現在も10m以上の歩行が困難で、常に酸素シリンダーを携帯するなど活動の制限を抱えながらも、サイレンスだけでなくインドのフェアトレード団体のネットワーク「フェアトレード・フォーラム」事務局長として、アジアやヨーロッパ各国を訪問し、フェアトレードの普及に尽力している。
※ 「サイレンス」の商品を含む、キャンドル商品はこちら。
Safia Minney(サフィア・ミニー)
ピープル・ツリー、グローバル・ヴィレッジ代表。17才の頃から、出版業界などで働きながら人権・環境保護のNGO活動に参加。1990年に来日し、翌年にNGO「グローバル・ヴィレッジ」を創立。1993年からフェアトレードを開始し、日本とロンドンでフェアトレード専門ブランド「ピープル・ツリー」を展開する。2004年、スイス「シュワブ財団」より「世界で最も傑出した社会起業家」の一人に選出、2009年大英帝国勲章第五位(MBE)を受章。